研ぎを知る

切れ味の確認方法『爪に引っかからない=切れ味が悪い』はウソ

爪で切れ味を確認する 

爪で切れ味を確認する、と調理師学校の先生や職場の先輩から教わった料理人の方は多いのではないでしょうか?

爪の上で滑らせた際に刃が引っかかって止まればよく切れる庖丁で、ツルツル滑ってしまうようであればしっかり刃が付いていないという判断ができる。

これは実際のところ半分正解で、半分間違っているというのが今回お伝えしたい内容になります。

なぜ庖丁が爪に引っかかるのか?

荒い砥石で研いだ庖丁の刃先はノコギリの刃のようにギザギザしています。

このギザギザは砥石の番手が荒くなればその分大きく不規則になるため、ノコギリで木を切ろうとした時に刃が止まるのと同じ原理で、庖丁の刃先が爪の繊維に引っかかることで刃が止まります。

食材に対しても同じで、刃先にある無数のギザギザが食材の繊維に引っかかり、これを前後に動かすことで切り分けることができます。

また、庖丁の刃角が大きい場合(鈍角)は爪に食い込みにくくなるため刃先の薄さを図る指標としても利用することができます。

『爪に引っかかる=よく切れる』は方向性としては間違ってはいないので、刃先の状態を確かめるための一つの方法として覚えておいても良いでしょう。

爪に引っかからない理由は二つある

店頭で接客をしていると、庖丁を手に取り爪に当てている方、我々が研ぎ直した庖丁を爪に当てて確認している方など、切れ味を確認するための確固たる基準として爪に引っかからない=切れないと勘違いしている方が非常に多いと感じます。

これは半分正解で、刃先に全く引っかかりがない状態、つまりしっかりと砥石で研げていない場合は刃先は潰れたままで研ぐ前の状態と変わらないため、もちろん爪には引っかからずにツルツル滑ってしまいます。

しかし、非常に細かい砥石で仕上げた場合はどうでしょうか?

※イメージ図です

ノコギリの刃が荒砥で研ぎ上げた刃だとすると、仕上げ砥石で研ぎ上げた場合はカッターのように直線に近い刃になっていくものだと考えていただければ分かりやすいと思います。

例えば木材をカッターで切ろうと思っても刃が滑ってしまい上手く切れないことは容易に想像ができるでしょう。(実際はミクロンの世界で切れています。)

しかし、紙やダンボールはよく切れます。

非常に極端な例えをしましたが、庖丁でも同じようなことが起きており、正確には切れないのではなく刃先の形状によって切りやすい食材や適している作業が異なる、というのが正しい答えになります。

刃先を細かく仕上げればその分傷は浅くなり、より整った直線に近づいていきます。

したがって、爪の繊維には引っかかりにくくなるため8000番のような非常に細かい砥石で研いだ庖丁を切れないと勘違いする人が多いのはこれが原因でしょう。

爪で刃先の状態をチェックするのも一つの方法ですが、特に初心者の方は爪に引っかからない場合に刃がついていないのか、それとも細かい番手で仕上げているのか判断が難しい場合があると思います。

こういった時は新聞紙の試し切りをすることで、刃先の状態を確認するのがおすすめです

紙を切る時に手に伝わる感覚や、紙を切る音などから様々な情報を得ることができるため、慣れてくるにつれて刃先の状態が推測できるようになります。

分かり易い例だと刃が欠けていたり、カエリが取れていない場合は新聞紙を切っている途中で刃が止まります。

また、ザラザラとした音が鳴り、振動が手に伝わる場合は刃先が荒れているサイン、反対に仕上げ砥石で研いだ場合はほとんど音が鳴らずに、スーッと滑らかに切れていくなど刃先の形状によって僅かに変化していくので、これらの違いが掴めるようになると非常に便利です。

爪に引っかからない=切れ味が悪いという考えを捨てろ

ノコギリ状の刃先に仕上げた場合は食材への掛かりが非常に良くなるため、多くの人が良く切れると感じるでしょう。

また、油分を多く含む魚や肉などを大量に切る際は刃先が細かすぎてしまうと油分によって目詰まりが起きやすく、切れ味の低下が早くなる場合があるため、水産業者や食肉加工の職人さんはやや荒目に仕上げることが多いです。

このように大量の食材を素早く処理したい場合などはやや荒目に仕上げることで作業効率は良くなる傾向にありますが、その反面、刃先が荒れていることで食材の細胞を破壊しやすく、特に生野菜や刺身などは明らかに雑味や生臭さを強く感じます。

これに対して、粒子の細かい砥石で研いだ庖丁は直線に近い整った刃先に仕上がるため、食材に与えるダメージが軽減され、「食材を美味しく切る」という面ではこちらに軍配があがるでしょう。

僕個人的には極力食材にダメージを与えない状態で切ることがベストだとは思いますが、それぞれの職場で環境は異なるため、仕込みの際は作業効率を優先した刃付けの庖丁を使用し、お客様の口に入る直前の切り分ける作業には美味しく切るための刃付けをした庖丁を使用するなど、仕事の内容ごとに自由に組み合わせていただければ良いと思います。

使いやすいと感じる組み合わせを見つけていただくためにも、選択肢を増やすという意味で両者の特徴を知っておくことは非常に大切です。

更に深堀していくとステンレス合金鋼や炭素鋼など、庖丁の材質によっても食材の味は大きく変化するため、刃先の形状と掛け合わせると組み合わせは無限に存在します。

鋼材によって何故切れ味や研ぎ感が異なるのかについてはまた別の記事で詳しく紹介させていただこうと思います。

先生や先輩から教わったことや自分自身で感じ取ったことを素直に受け入れ、学ぼうとする姿勢は大切ですが、今回の紹介した内容のようにそれらが必ずしも正しいとは限りません。

多くの人が常識だと思っていることに疑問を持ち、全ての事象に対して常に「何故」と繰り返し問いかける習慣を付けることで、考える力が身に付いていきます。

思考停止で言われたことをただこなすだけの人間にならないためにも気になったことは自分で調べて、考える時間を少しづつ増やしていきましょう。

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