庖丁を知る

【両刃対決】蛤刃 vs 切刃

今回は”両刃の牛刀”という括りで、”蛤刃”に仕上げた庖丁と”切刃”に仕上げた庖丁を使用感や特徴の面から比較をしていこうと思います。

あくまでも筆者の個人的な見解となりますので、参考までにご覧ください。

蛤刃

高田ノハモノ 水墨シリーズ
高田ノハモノ 水墨シリーズ

名前の通り、蛤の貝殻のように丸みを帯びた刃を指します。

蛤刃の庖丁は写真で見られるように峰から刃先に欠けて僅かに丸みを持たせながら徐々に薄く研ぎ上げていくのが特徴です。

両刃の洋庖丁では一般的な刃付けになり、庖丁全体が比較的薄く作られているものが多い印象です。

しかし、量産品の場合は自動研磨機(自動で庖丁を薄く研ぎ上げる機械)を使用していることが殆どですので、その後の工程で職人が円砥を使用して最終刃付けを行い蛤刃に仕上げるメーカーもありますが、自研機を使用した後に刃先のみを研ぎ上げるメーカも多く、この場合は直線的な刃に仕上がります。

主な産地は岐阜県関市や福井県越前市などで、両刃庖丁の生産が盛んな地域に多い造りです。

メリット

・野菜を薄くスライスするのに向いている。
→比較的薄く作られている分、刃先から峰に欠けての角度が鋭利なため繊細な作業に向いていると感じます。特に玉ねぎのスライスやキャベツの千切りをした時に差が分かり易いです。

食材が割れにくい
→刃先から徐々に角度が変化し力が分散しやすいため、硬い食材を切る際に割れにくくなります。(特に人参や大根などの根菜類)

デメリット

研ぐ際に角度が掴みにくい。
→丸みのある刃先に仕上がっているため、角度が刃先から中腹または峰にかけて徐々に変化しており、初心者の方は研ぐ際に角度を合わせづらいと感じるかもしれません。1

・水分や油分を多く含む食材に張り付きやすい。
直線的な刃付けの庖丁と比べると丸みを帯びた蛤刃は食材に当たる表面積が小さくなるため、抵抗が軽減され張り付きにくくなります。しかし、和牛のように柔らかく油分を多く含む食材に対しては庖丁を包み込むように食材が変形するため蛤刃の利点が上手く活かせないことがあります。こういった食材に対しては切刃タイプの庖丁のように刃の中腹で角度が大きく変化する形状の方がより抵抗が少なくスムーズに切れるのではないかと感じます。

切刃

一般的には和庖丁の表面に施される刃付けを両刃に応用し両面に施した仕上げです。

写真の庖丁だと、黒い部分(平)と白く曇っている部分(切り刃)の境目が「鎬(しのぎ)」と呼ばれており、この鎬があるのが特徴です。

両刃の庖丁ではここ数年で流行りだした刃付けで、和庖丁で有名な大阪府・堺の商品が主流です。刃が比較的厚め(特に堺製)のものが多い印象です。

福井県・武生の商品でも同じような刃付けが施されている両刃の庖丁を見かけますが、堺製のものとは似て非なる物です。堺製の商品は切刃を平らに仕上げるのに対して、武生製の商品は切刃が抉れた状態のまま磨きをかけ完成となる場合が多いです。

評価は人それぞれですので甲乙は付けられませんが、刃付けの工程を比べると堺製の方が圧倒的に多いため、より手間がかかる仕上げになっています。

これは元々片刃の和庖丁を専門に研いできた堺の職人さんの技術を応用したものなので、片刃を扱う刃付師が少ない武生と異なる仕上げになるのは当然でしょう。

※読者様に分かりやすくするために堺・武生と大きな括りで紹介しましたが、あくまでも”傾向”ですので各職人さんによって刃付け工程は異なります。

切刃有りの両刃庖丁で、堺と武生の違いに関しての専門的解説は今後別の記事で紹介します。

メリット

研ぐ際に角度が掴みやすい。
→切刃に合わせて砥石を当てれば角度が安定するため、元の角度を維持しながら研ぐことが比較的容易です。初心者の方は角度の分かり易い切刃タイプの牛刀の方が研ぎ易いと感じるかもしれません。

水分や油分を含む食材が比較的張り付きにくい。
→鎬の部分で刃の角度が大きく変化するため、境目のラインで食材が剥がれやすくなります。特に牛刀の場合は刃幅が広いため、側面の形状が食材との間に生まれる摩擦に大きく影響を及ぼします。

デメリット

野菜を薄く切る作業には向かない
→特に厚みのある庖丁の場合は高さのある食材を薄く切ろうとすると半分ほど切ったところで庖丁が外側に逃げやすくなり、切りづらく感じます。逃げないよう内側に押し込むように切ると負荷がかかるため、今度は食材を押しつぶす形になります。特に蛤刃の庖丁を使用していた人は切刃を使用すると刃の入りが悪いと感じるかもしれません。

硬い食材を切る際に途中で割れてしまう。
→鎬ありの庖丁の場合は角度が変化する部分が抵抗になるため、刃が止まります。特に根菜類などは刃が止まった際に力を入れて切ろうとしてしまうため食材が非常に割れやすく、不向きな形状だと感じます。

結論

僕が普段好んで使用するのは蛤刃の庖丁ですが、もちろんどちらの庖丁にも良い部分がありますし、使う人によっては使用感も大きく異なると思います。

また食材の切り易さは刃の形状だけではなく、庖丁自体の厚みや表面の加工、使用する砥石の種類や切り方など様々な要素が複雑に絡み合っています。

僕が知人から研ぎ直しを依頼される際は以上の点を踏まえた上で使う方のお話を伺い、出来る限り希望に近づくように刃付けをします。

今回は分かり易いように敢えて蛤刃と切刃に分けてそれぞれの特徴を紹介しましたが、実際には明確に二極化しているわけではありません。

切刃が完全な平面ではなく抉れている庖丁もあれば、かたや丸みを帯びた蛤刃に研ぎ上げられているものもあり、職人によって多種多様な刃付けの方法が存在します。

職人ごとに使う道具や技術が異なれば、庖丁に対する考えも全く違ったものになってきます。

そこが庖丁の魅力でもあり、一度深みにハマると抜け出せなくなる所以ではないでしょうか。