ネットオークションやフリマアプリで天然砥石が手軽に買える時代ですが、そこにはプロでも避けて通れない深い落とし穴があります。今回は、動画内でのリアルな経験談をもとに、ネット購入のリスク、実物を見る際の注意点、そして過去の壮絶な失敗エピソードから紐解く「失敗の価値」についてお伝えします。
1. ネットオークションで天然砥石を買うリスク
初心者や素人は「やめておいた方がいい」
オークションなどで買って成功できる人は、すでに数多くの経験をしてきている人だけです。 「素人さん」というか、「今回が初めてです」というような未経験の人は、ネットオークションで天然砥石を買うのはもう絶対にやめておいた方がいいです。
実際、動画の話し手の一人は、「オークションで天然砥石を一度たりとも買ったことがない」と断言しています。
プロが「目聞き試し」で買う場合でも、勝率は7割
一方で、越後さん(天然砥石尚さん)は、「毎年必ず、天然砥石をオークションで買う」と言います。それは自分の「目利き試し」として挑戦しているからです。
オークションに出品している人の中には、素性が知れている人や、知り合いの人もいます。しかし、あえてそういう知っている人からは買いません。全く知らない出品者が出しているものを狙います。 画面に表示される「この写真の、この角度は、この切り方は……なるほど」というのをじっくりと観察し、吟味した上で、必ず年に1本購入しています。
それほど真剣に写真を見て、長年の経験を持ったプロが買ってさえ、結果は以下の通りです。
- 7割ぐらいは大丈夫(想定通りのものが届く)
- 3割ぐらいは失敗する
プロの目聞きをもってしても、3割は失敗してしまうのがネットオークションの現実です。
昔あった「本焼きの波紋当て」というマニアックな遊び
かつてのネットオークションには、今とは違う楽しさがありました。柿沼さんは最初の頃、以下のような「似た遊び」をマニアっぽい感じでやっていたと言います。
「本焼き(包丁)の波紋を見て、これが誰の作かを当てる」
古い包丁などが、昔は3万円ほどで出品されていることがありました。写真の波紋を見て「この人の刃物(作)だったら、3万円は結構安いな」とアタリをつけて購入します。 商品が届き、包丁の「中子(なかご)」を割って開けて確認した時に、「あ、当たってた!やっぱりこの人の庖丁だ!」となった時は、ものすごく嬉しかったと言います。元々は15万円など、それなりの金額を出さなければ買えないような名工の刃物が、3万〜4万円でゲットできた時代があったのです。
宝くじ的なオークションの時代は終わった
しかし、そうした「安く落とせる宝くじのようなチャンス」は、今ではほとんどなくなってしまいました。
その理由は、情報が世の中に回りすぎたことにあります。 インターネット上で「この特徴があるものは、この人が作ったものです」という情報が事細かに書かれるようになってしまいました。
その結果、以下の変化が起きています。
- 情報がみんなに手に入るようになったため、買い手側も知識を持つようになった。
- 売っている(出品する)側も、高く売れるということが分かってしまった。
出品者側も価値を理解したため、わざわざ「中子を割って確認してから売る」という人まで出てくるようになりました。昔は5万〜6万円で、今ではすごい人気とされている方の本焼きなどが安く落とせる環境がありましたが、現在は情報が行き届いたために、そうした格安の掘り出し物は出てこなくなっています。
2. リアルな場で砥石を試す・買うときの鉄則
ネットではなく、実際に物を見て「研ぎ試し」をさせてもらえる機会がある場合、絶対に守るべき重要な鉄則が2つあります。
① 必ず「自分の刃物」を持ってくること
研ぎ試しをする時は、必ず自分が普段使っている「自分の刃物」を持っていくことが大切です。お店にある適当な刃物ではなく、自分のものを使うからこそ、その砥石の本当の性質が分かります。
② 「絶対買って帰る」と思って来ないこと
これが、何よりもめちゃくちゃ大事なことです。 「今日は絶対に何かを買って帰るんだ」と意気込んで現場に行ってしまうと、その瞬間に人間の「目」が曇ってしまいます。
買って帰る義務感に駆られて無理に購入すると、大体、家に帰ったあとに「なんでこんなの買ってきてしまったんだろう……」と後悔することになります。
良い石に出会えなければ手ぶらで帰ればいい。あくまでも「いいのがあったら買おう」くらいの冷静な気持ちで臨むことが、失敗を防ぐためにはとても大切です。
3. 高級車が買えるほど失敗したプロの「京都のエピソード」
失敗したものをずっと持っているというのは、後々まで本当にショックなものです。ずっと思い返しては「あそこはもうやめとくわ」と、心に残り続けます。
藤原さんは、過去に「それこそ高級車が買えるぐらいの金額」を、砥石の失敗に費づい(費やし)てきました。自分自身で山盛り、数え切れないほどの砥石を買って試してきたからこそ、今があります。
その中でも、特に強烈だった「京都での失敗エピソード」の詳細です。
椅子の中から出てきた、幻の「真っ黄色の砥石」
藤原さんのお知り合いの方から電話があり、いつも使っている「椅子のところ」に小さな扉が付いていることに気がつき、「あれ?」と思ってその扉を開けてみたら、中から古い砥石が出てきた。とのこと。
「あぁ、3本出てきたんだけど、見る?」と言われ、見せてもらうことになりました。
その時、これから京都へ向かうタイミングだったため、「今から行くので、そのまま置いておいてください!」と、仕事を急いで終わらせて、京都までその砥石を取りに見に行きました。
現物を確認すると、それは「めちゃくちゃ綺麗な、真っ黄色の、細長い砥石」でした。 それを見た瞬間、「これはすげえ!」と大興奮してしまいました。完全に舞い上がってしまい、その場ですぐに、即近(即金)でお金を支払って、大事に家に持って帰りました。
水を流して面直しをした瞬間、半分に割れる
「さあ、研ぐぞ!」と思って、家に帰ってすぐに水を流しました。 砥石の表面を平らに整えるために「面直し」を始めた、その瞬間のことです。
――バコッ。
軽い衝撃の音とともに、その最高に見えた黄色い砥石が、半分に、しかも綺麗に斜めに割れてしまったのです。斜めに真っ二つに割れてしまったため、もう使い物になりません。「どうしよう……」と頭を抱えました。
驚くべきことに、その時買い取った3本のうち、2本が全く同じようにいきなり割れてしまいました。
残りの1本は、擦るほどに色が変わって「層変わり」が出た
「いきなり2本も割れてしまった、どうしよう……」と焦りながらも、割れずに残った最後の1本に望みをかけ、面直しを続けました。 すると、今度は擦っているうちに、砥石の表面に異変が起きます。
「あれ? なんか色が変わってきたな……」
上部の綺麗な黄色い層の下から出てきたのは、研ぎには使えない不良部分である「層変わり」でした。結局、興奮して大金を払って持ち帰った3本とも、すべて全滅してしまったそうです。
家に帰って初めて気づく「傷」と「ジャリジャリという音」
藤原さんは、超一級品だと思って大喜びで買って帰ったものの、家で落ち着いて砥石を見てみると、お店(京都)では見えなかったもの凄い傷が入っていることに気づきました。
さらに、実際に刃物をあてて研いでみると、「ジャリジャリ」と嫌な音が鳴り響きます。
「あれ? あの時は、こんな音しなかったのに……。いつもと音が違う……」
現場(京都)にいた時は、全くそんな傷も音も認識できていませんでした。なぜ現場で見抜けなかったのか、それには明確な理由があります。
- 光(環境)の違い:その時は、外の太陽光の下で見ていたり、お店の特殊な明かりの中で見ていたりしたため、傷が見えなくなっていた。
- 音の遮断:開けた場所(屋外や賑やかな場所)で作業をしていたため、砥石が発する微細な「ジャリジャリ」という音が、周囲の雑音にかき消されてちゃんと拾えていなかった。
- 脳の興奮:何よりも、幻の砥石を前にして自分自身が「興奮」してしまっていた。
人間は興奮してしまうと、完全にそっちに気を取られてしまい、正常な判断が全くできなくなってしまいます。
当時、一緒にいた相方からは、横からボソッと「そんなの買うの? やめとけ」と、確かに止められていたと言います。 しかし、その時の本人は、耳を貸すどころか「なんで? こんなに良い砥石じゃん。何がそんなにダメなんだろう? 形が気に入らないのかな?」としか思っていませんでした。
家に帰って最悪の結果になり、「マジか……」と絶望した時に、初めてその言葉の意味を理解しました。当時は、自分が本当に良い石を買いに行っているのかどうかすら怪しいくらいに、「ものすごいものを手に入れに行くんだ」という熱量だけで動いており、自分が何を言っているのかも分からなくなるほど興奮していたのです。
珍しい石だったこともあり、当時はめちゃくちゃ楽しかった反面、そうやって「ものすごい失敗」を何度も何度も繰り返してきました。だからこそ、買う前には「1回冷静になって、平常心に戻るために、どこか別の場所を回ってからもう一度見てきてほしい」、それくらいやらないといけない環境(魔力)が天然砥石にはあると、実体験をもって語られています。
4. 失敗することの本当の価値
当時は「なんであんなにたくさん(失敗する石を)買ったんだろう」と思うほど、とにかく欲しくて仕方がなかったと言います。しかし、それは「男の子ってそんなもん」であり、無邪気に夢中になってやってきた結果です。
そして今、振り返ってみると、あの数々の大失敗は「全然無駄ではなかった」と確信しています。
失敗して擦れた分だけ、今「回収」できている
高級車が買えるほどの授業料を払い、散々触って、散々痛い目に合ってきた経験があるからこそ、それが血肉となり、現在の「力(知見や能力)」へと繋がっています。
「もう、ここでこうやって擦れてる分(失敗の数)だけ、得したと思ってる。あの時支払ったものを、今一生懸命、回収している」
あの「割れてしまった砥石だけは今でも許せん!」と思うほど悔しい記憶ですが、その手痛い経験が、今のプロとしての大きな財産になっています。
正解ばかりの人生は寂しい
もし、人生の中で「正解」や「効率」ばかりを求めて、上手な買い方だけをつまんで生きていったとしたら、後から振り返った時に「なんか寂しい気がする」と言います。 なぜなら、そこには失敗に伴う「色々なことをやったエピソード(泥臭い物語)」が一切残らないからです。
成功は一瞬、最後までいじる(語り継ぐ)のは失敗した記憶
結局、人間が人生を積み重ねていく中で、圧倒的に強く覚えているのは「失敗したもの」の方です。
- 成功なんていうのは、一瞬で終わる。
- 歳をとっておじさんになってからも、若い頃の思い出として最後までいじり合い、笑い話として盛り上がれるのは、決まって「あの時の大失敗」である。
「あの時、あんなことがあったよね」と言い合える失敗の思い出は、時間が経てば経つほど、本当に大きな価値を持つようになります。
だからこそ、結論としてプロたちはこう締めくくっています。
「ほんま、価値あるっすよ。失敗って」