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鋼とステンレスの切れ味の差:鋼材の違いか、それとも構造(作り)の差なのか?

包丁の「切れ味」を評価するとき、私たちは一体何をもって「切れる」と判断しているのでしょうか。そして、古くから言われる「鋼は切れるが、ステンレスは切れない」という定説は本当なのでしょうか。

本記事では、包丁の製造・研究に携わる職人・専門家である藤原さん(ベテラン職人・研究者側)と、柿沼さん(開発・実体験ベースの視点を持つ側)の対話から、包丁の切れ味の本質について、構造や鋼材(こうざい:刃物の金属素材)の観点から深く解き明かしていきます。

1. 現場の料理人が感じる「ステンレスと鋼」の絶対的な壁

対話は、藤原さんが年間契約を結んでいるプロの料理人の現場で得た、リアルな評価の話題から始まります。

藤原さん:

「パッと見た感じ思ったのは、皆さんが言っている『切れ味の体感』というのは、やっぱりその“切りやすさ”という点なんですよね。

実は今日、年間契約のお客さんのところに行って、ステンレスの柳刃包丁を『1回使ってみて』と試してもらったんです。切刃(刃先の構成面)の処理とかもちょっと新しいやつを試して、『どうでした?』と開口一番に聞いたら、『全然切れないから』って言われてしまって(笑)」

柿沼さん:

「ああ、やはりそうですか」

藤原さん:

「私が『いや、そんなに変わらないですよ』という話をしたら、料理人さんからは『いや、もうステンレス自体がそもそもやっぱり切れない』と、すごく強く言われました。

そこで、『じゃあ鋼と比べるのは1回置いておいて、ステンレス同士で比べてみてください』と話を振った時には、『確かにその切れ込みの良さとか、切れるという感覚はある』とは認めてくれたんです。だけど、そもそもやっぱり(鋼と同じ)土俵に上がってこないという評価をされる。それぐらいプロの間では差があるのかなというのを感じました」

このプロの体感について、藤原さんは構造的な要因、例えば「合わせの包丁(鋼と軟鉄を合わせたもの)と全鋼(単一の金属)で比べている違い」や、「片刃と両刃による違い」があるのではないかと推測します。

藤原さん:

「柳刃包丁だと、どうしても切刃の加工できる面積が狭いんです。一方で牛刀(両刃)の240mmくらいになってくると、刃の幅が稼げる。面を出すにしても距離がある分、加工の自由度が高いのは間違いない。柳刃だとそこの切り場の幅が狭いため、大きく差を出しにくいという事実ベースの理由があって、その差を感じもらえないのかなと。

あとは『ひっつきやすさ』。刃が切れている・切れていないとは別に、食材がひっつくかひっつかないかというところの方が、人間の感覚を左右している気がするんですよね」

2. 切れ味を決めるのは「鋼材の差」か「構造の差」か?

では、包丁のパフォーマンスを左右する一番の要因は何なのでしょうか。柿沼さんは自身の開発経験から、世間一般の認識と実際の構造の重要性について指摘します。

柿沼さん:

「切った瞬間に、これが鋼材のせいなのか、熱処理のせいなのか、それとも切刃(研ぎ・形状)が原因なのか。分けて考えられているかと言ったら、僕らもどれだけ実験をやっても全部一緒に感じてしまいますよね。『切れるか、切れないか』の二択になってしまうので非常に難しいです。

構造ごとにいくつもサンプルを準備してやり込むぐらいじゃないと、正確な判断はできません」

柿沼さんの感覚では、切れ味の体感の割合は以下のように考えているそうです。

柿沼さん:

「一般的には、おそらく9割方は『構造(削り方や厚み)』のせいで感じる体感の方が大きい気がするんですよね。鋼材の差が出るレベルまで研ぎ切れているか、やり切れているかという話になります。

1つの商品を開発するときに感じるのは、鋼材は一緒でも、削り方を変えたらあれだけ切れ味が変わるということです。となると、単体としての鋼材の違いよりは、削り方、角度、厚みといった“構造の違いを生み出す差”の方が、体感としての切りやすさに与える重みがかなり大きいんじゃないかと思います」

この意見に対し、藤原さんも強く同意します。

藤原さん:

「そう、だから僕らが包丁を作るときなんかは、全部角度や厚みをすべて計測しながら作っているからね。1本1本、厚みも角度もみんな違う。自分たちの中で、年間契約をやりながらのお客さんの反応を考えて、『出刃は何度』『柳刃は何度』というのを切刃で作ったりしています。

そういうことをした上で感じるのは、鋼材の質はもちろんめちゃくちゃ大事なんだけれども、『物の出来(仕上がり)』『側面の厚み』『抜けの良さ』、そっちの方が実際は大きな比重を作っているのかなと思います」

3. 実体験から導き出された「一般層における鋼材不要論」

柿沼さんは、かつて包丁専門店で働いていた際に行った、ある検証エピソードを語ります。

柿沼さん:

「以前、一般の多くの方に対しては、極論を言えば『鋼材は別にどうでもいいんじゃないか』と感じた実体験があります。包丁屋で働いていた時、世の中で売られている、同じ鋼材を使った包丁を10種類くらい買ってきて切り比べてみたんですよ。

そしたら、同じ金属なのに全部切れ方が違うわけです。そうなると、極論『(体感レベルでは)鋼材は関係ない』という結論にイコールで繋がってしまうんです。

そう考えると、変な話、一般的にはあまり高価とされていない鋼材であっても、それこそ藤原さんが仕上げたら、多くの人が『うわっ!』となる切れ味(綺麗な切れ味)になると僕は思います」

ただし、これは「どの金属でも完全に同じ」という意味ではありません。同じ金属表記であっても、メーカーによる焼き入れや熱処理の技術が異なれば、まったく別の性質になってしまうため、比較自体が難しくなるという前提もあります。

それでも二人の結論としては、「前提として、まず作りの良さ(構造)が先にあって、その次にさらに鋼材がどうなのかという話が乗ってくる」という順番で一致しています。

4. 極限の領域で初めて現れる「鋼材のポテンシャル」

構造が9割を占めるのであれば、なぜプロは「鋼(例えば白紙系統)」にこだわるのでしょうか。ここから話は「限界値(100点満点中90点以上の世界)」の領域へと進みます。

藤原さん:

「いろんな方にいろんな形で話を聞いているけれど、一定のラインを超えてくると、やっぱり『白鋼が切れるよね』という話になってくる」

柿沼さん:

「そうですね。先ほどおっしゃっていたように、例えば90点以上の高いレベルになってくると、それこそ鋼材の差というものが結構出てくる。そして、それを使っている側(料理人さん)も、求めているものの感度が高い世界観にいる。それプラス、包丁側もその超高精度な状態に仕上げ切った場合に、確実に差が出るのかなと思います」

さらに、藤原さんは特定の優れたステンレス鋼材(例として挙げられている「T3」など)を例に出し、鋼材が構造の限界を決める側面もあると補足します。

藤原さん:

「正直なところ、実験で試してもらっている『T3の牛刀』のあの薄さや形状を、白鋼(鋼)で作れるかと言ったら、できないからね。刃が持たない。絶対に間違いなく、あの形は作りきれない。

あれは、その鋼材(T3)だからこそ実現できる薄さ。刃先の状態というのは確実に言える。本当の意味で『この鋼材はここまでできるけど、この鋼材はここまで無理なんだよね』という限界値がある。

逆に、『この鋼材は厚みがあるのに、なぜか他の鋼材だと切れなくなる厚みでも、めっちゃ切れるじゃん』という現象もあったりします」

5. まとめ:多くの包丁は「やり切る前」で終わっている

対話の締めくくりとして、柿沼さんは現代の包丁市場における課題と、包丁の本質を「料理」に例えて非常にわかりやすくまとめています。

柿沼さん:

「近年の鋼材の多くは、切れ味が落ちてきてからとか、切れない状態で無理して使ったときの持続性や、欠けにくさといったパフォーマンスの比重の方が大きい気がします。

初期の瞬間的な切れ味というのは、やっぱり昔ながらの古い鋼材(鋼など)の方がすごい優位性が高いような気がしていて、そこから錆びにくさや持続性を求めて加工されている感覚があります。

ただ、『この鋼材なら、この薄さまで耐えられる』という極限のところまで削り落として作っている商品が、そもそも市場にそんなに無いんですよね。それは極限までやってみないと分からないことですから」

藤原さん:

「まあ、そうだね」

柿沼さん:

「そういう意味で、僕が思う『一般的にそこまで差が出ない』というのは、製品として差が出るところまで(形状を)やり切っていないからではないかと。パフォーマンスの80点ぐらいのところで製造が終わってしまっている。

80点止まりであれば、極論どの鋼材でも(体感は)一緒になってしまう。

これは料理と一緒だなと思っていて。どれだけ超高級な魚(食材)を使っても、調理で焦がしちゃったらダメなわけです。じゃあ、その調理技術によって、100点のポテンシャルを持った食材をどう処理するのかという話になります。

包丁においても、『包丁を作る技術(製造・削り)』や『研ぎ方』といった調理にあたる部分の方が、製品が一般の使い手に与えるボリューム(影響度)としては圧倒的に多いんだなというのを、すごく感じました」

ブログの振り返り:切れ味を求めるあなたへ

包丁を選ぶ際、私たちは「青紙」「白紙」「V金10号」といった鋼材のネーミングに目を奪われがちです。しかし、今回のプロ二人の対話から見えてきたのは、「どれだけ優れた金属を使っていても、適切な厚み、角度、抜けの良さという『構造』が伴っていなければ、そのポテンシャルは発揮されない」という冷徹な事実です。

特に80点までの実用域においては、鋼材の違いよりも「職人がどれだけ丁寧に形状を作り込んでいるか」が切れ味を左右します。そして、その先の90点、100点という極限の薄さや、特定の環境での持続性を求めたときに初めて、鋼や特殊ステンレスといった「鋼材の真の差」が顔を出すのです。

あなたが次に包丁を手に取るときは、素材の名前だけでなく、その刃の薄さ、側面の削りの美しさ(抜けの良さ)にもぜひ注目してみてください。

本記事は、YouTubeチャンネル「日本刃物研究所」の動画『鋼とステンレスの切れ味の差』( https://www.youtube.com/watch?v=BUs_wR2iX4k )内の対談内容を基に、要約・構成したものです。

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