庖丁を知る

【企業秘密】ダマスカス紋様と刃文の浮かび上がらせ方

刃文とダマスカス紋様の違い

刃文とは基本的に本焼き庖丁にのみ見られる紋様を指します。

本焼きの場合は単一鋼材で作られており、その製造過程で一枚の金属の中に硬い部分と軟らかい部分が生まれるため、この境目が刃文となって現れます。

庖丁の中央に見られる白く曇った線が刃文です。

この線よりも峰側は軟らかく衝撃を吸収する役割を担っており、線よりも下(写真だと手前側)は焼きが入っているため非常に硬く、刃物として十分な耐久性を持っています。

これに対して合わせの庖丁は異なる二種類の金属を張り合わせて作られるため、その接着面が境目として現れます。

写真は高田ノハモノ・水墨仕上げの庖丁ですが、こちらは無地の材質で刃金を挟み込んでおり、中央に見られる複雑に入り組んだ線が合わせ目(接着面)になります。

高田ノハモノについてはこちらから

ダマスカス紋様のある庖丁も構造は3枚合わせのものと全く同じで、外側の金属が無地か積層かの違いのみになります。

また、コアレスダマスカスと呼ばれる材質もあり、こちらは一般的なダマスカスと異なり刃となる鋼材を2種類以上(V金2号&5号のように)重ね合わせて1枚の金属板を作り、庖丁の形に加工したものを指します。

名前の通りコア(核=芯材)レス(無い)、つまり芯材がない庖丁という意味で、基本的には本焼きと同じ構造ですが、1枚の金属に異なる鋼材が層を成している特殊な材質になります。

ダマスカスデザインの庖丁とコアレスダマスカスは一見とても似ているため、一般の方だと区別が付かないことが多いですが、構造も性能も異なるため購入の際は注意しましょう。

紋様を浮かび上がらせる方法

サンドブラスト(ショットブラスト)

コンプレッサーを使用して、ガラスやセラミック質の粉末を庖丁の表面に吹き付けることで細かい傷をつけ加工する技術です。

ダマスカス紋様の庖丁(コアレスダマスカスを含む)は主に性質の異なる2種類の鋼材が交互に重なっているため、サンドブラスト処理を施すと片方の金属がより多く削られます。

これにより表面に細かい凹凸ができ、光の屈折が一定方向ではなくなるため白く曇った仕上がりになります。

ダマスカス紋様を浮かび上がらせるだけではなく、合わせ庖丁の霞仕上げや和庖丁の切刃を綺麗に見せる化粧研ぎに応用することも可能で、非常に安定した仕上がりになるため現在最も多く使用されている手法です。

機械の扱いを覚えれば誰でも均一に曇らせることが可能なため、失敗リスクは低くなりますが、逆に均一すぎるため機械的な仕上がりになりやすいともいえます。

和庖丁の切り刃を綺麗に仕上げる目的で施される化粧研ぎは、主に金属や木製の板を使用して砥粒を庖丁にこすり付け傷をつけますが、職人の力加減や砥粒の配合によって曇り度合いが変化するため僅かにムラのある仕上がりになります。

これに対してサンドブラスト加工を施したものはムラなく曇り、表面に星が散らばっているようにキラキラ反射してみえるのが特徴です。

これは庖丁の表面に付く傷の方向が両者で異なるため光の反射の仕方が変わり、見え方に違いが生まれます。

サンドブラストの場合でも使用する砥粒の荒さや種類、時間などの組み合わせによって様々な仕上げ方が存在し、見た目の変化だけではなく庖丁の表面に深い凹凸を作ること等も可能です。

また、描きたいデザインを模ったシールを表面に張り付け、その上から加工を施すことで好きな模様を浮かび上がらせることができるので、難易度は高くなく、完成度が安定しやすい技法です。

庖丁では鯉や桜模様のものをよく見かけますが、これらの庖丁もサンドブラストによって加工された商品になります。

個人でサンドブラスト加工を行う場合はそれなりの設備投資が必要なため気軽には始めることは難しいと思いますが、金属だけではなくガラス製品など様々な材質に加工ができるため、ものづくりの幅が広がるでしょう。

欠点を挙げるとするなら、表面に浅い傷をつけているだけなので時間が経つにつれてデザインが薄れていってしまうことです。

また機械的に満遍なく傷をつけることで本来目に見えるような欠陥的な傷が隠れてしまい、悪くいうとごまかせてしまうという点があるので使っているうちにこんなのあったっけ?というような傷が浮かび上がってくることもあります。

エッチング

主に酸性の薬品を使用し、表面を腐食させることで紋様を浮き上がらせる手法です。

ダマスカスだけではなく、本焼きの刃文出しにも同じ原理が用いられますが、職人によって技法が異なるため企業秘密とされている場合が多いです。

エッチングでは温度、濃度、時間の三つが非常に重要になり、この組み合わせによって紋様の濃淡や金属の色などが大きく変化します。

また使用する鋼材の種類や薬品の種類によっても異なるため、かなりの組み合わせが存在します。

狙った紋様を出すためにはそれなりに時間を費やして研究をする必要がありますが、非常に興味深い工程でもあります。

僕がダマスカス紋様を浮かび上がらせるのに使用している薬品も酸性のもので、濃度や温度の組み合わせは数十回と試しました。

僕が使用している薬品の種類までは公開できませんが、本焼きであれば塩酸や硝酸などを使用して処理を施すことが多いようです。

また黒染め加工が施されている庖丁(主に鉄製)は、アルカリ性の溶液に浸すことで化学反応を起こし、表面に黒鏽を発生させます。

黒鏽はFe3O4・四酸化三鉄と呼ばれ、庖丁の表面に不働態酸化被膜を形成することで赤錆を発生させにくくする効果が期待できます。

黒く染色させることが可能な薬品は沢山ありますが、一部薬品は人体に有害な物質を含んでいることがありますので必ず説明書を確認しましょう。

化学薬品の種類や金属との組み合わせによってどういった化学反応が起きて、どのような物質が生成されるかをしっかりと把握した上で実験を行ってください。

特に庖丁は口に入れる食材を処理する道具ですので、加工に薬品を使用する際は十分に知識を付け、安全に配慮した上で慎重に行ってください。

実験は全て自己責任でお願いします。

天然砥石による研磨

天然砥石の粉末や欠片を庖丁の表面にこすり付けて、色を出す手法です。

最も古くから使用されている手法ですが加工難易度が高く安定しない上に、作業に手間がかかるため現在は使用されることが減ってきています。

内曇りと呼ばれる天然砥石が最も一般的に使用されており、主に日本刀の研磨等に重宝されている非常に高価な砥石で有名です。

これらの砥石を小さい欠片に加工して刃を磨く手法や、粉末状にして椿油などに溶かし布で研磨する手法があります。

サンドブラストのようにムラがなく均一には仕上がりませんが、手作業で研磨することで濃淡が生まれ、幻想的な曇り方に仕上げることが可能です。

奥行きのある曇り方と、金属組織(地肌模様)が細かく浮かび上がってくるような研磨は機械では施すことは不可能なので、職人の技術に未だ魅力を感じる人が多いのも頷けます。

余談

最近、鉄に発生する錆を利用したアート作品を創っている方のInstagramを拝見させていただき、同じく金属を加工して作品を創るという点で庖丁製作にも繋がる部分が多くあると感じ興味を持ちました。

Instagramはこちらより

作品を鑑賞させていただきましたが、どれも非常に美しく、その繊細さに感動しました。

一目惚れしてしまい、是非とも購入したい!と思ったのですが個展での限定販売ということで残念ながら手に入れることはできませんでした。

しかしながら、庖丁にもこういったアーティスティックな観点から新しい試みが出来ないか最近よく考えていたので、とても良い刺激になりました。

勝手ながら、YASUKA.Mさんの作品を参考にさせていただこうと思います。

HPはこちらより

鉄を変色させるには異なる温度帯で加熱したり、薬品と反応させたりと様々な手法が考えられますが、庖丁の場合は加熱する温度によって性質が変化してしまうため切れ味に影響を及ばす可能性があります。

また、先ほど注意書きでもあった通り有毒物質を生成する可能性があるため、食材を加工する道具を扱う場合はより慎重になる必要があります。

観賞用のアートと比べて制約は多くなりますが、可能性は大いにあると思うので自分の出来る範囲内で実験をしていきたいです。

ハガネはステンレス合金鋼と異なり経年変化しやすいため、使い手の環境に応じて違った姿に歳をとっていきます。

ステンレスは錆び難くお手入れがしやすいなど良い面も多くありますが、それゆえに変化が殆ど無いため無機質な感じがして冷たい材質のように思えます。

それに比べてハガネは扱いが大変ですが、まるで生き物のような暖かみを感じることができ、ステンレスとは違った魅力を沢山持っていると個人的には思います。

お手入れが面倒くさいと言われればそれまでですが、ハガネにしかない良さも知っていただければ嬉しいなと感じます。

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